SSブログ

新年めでたい!おめでた、おめでたい!

おにいちゃんにお年玉が届いていたので
昨日実家のおじいちゃんおばあちゃんにお礼の電話をさせました。

私のいとこには、既に孫のいる人も。
いとこの中で一番年下で、しかも結婚10年目に子を授かったので
まあ、仕方のないことですが…

親戚の中には色々な境遇にあった人もいるのですが
身内にこれだけ色々あると、下手なドラマよりもドラマのよう…

従兄の孫に、生きていたら我が家のおにいちゃんと同じ2年生の女の子が。
平成16年7月に、500gで生まれました。
楽観視していたのか、妊娠後一度も定期健診に行かず、
妊娠中毒症、血糖値が高すぎてお腹から出さざるを得なかったのです。
りんちゃんと違って脳圧の問題がなく、頭蓋内出血などは起こしませんでした。
ただ、肺炎に罹ってしまったため、気管切開をしたのです。
りんちゃんのように喉頭気管分離ではないので
就学後体力がついたら抜管するはずでした。

喋れなかったけれども、人の話すことは理解できたので
加配を付けてもらって保育所にも通っていました。
4歳の夏の暑い日に、保育所のプールで問題が発生。
あまりに暑い日で、重度の熱中症になったのか
ビニールプールで溺れてしまったのか
脳死状態になってしまいました。
私の母は、詳細を聞き出すことはできなかったようです。

人工呼吸器に繋がれ、外部の刺激に反応するので
親(従兄の子)は脳死を受け入れることが出来ず
点滴と人工呼吸器を外すことの出来ない状態で
なんとか深い眠りから覚めることを願って24時間付き添いを続けました。

6歳の夏、次の年は就学の年でしたが、
小さな両手両足は点滴の針で硬くなり、
どこにも点滴の針を刺すことが出来なくなって
病院のベッドからおろしてあげ、点滴の痛みから解放してあげたのです。

裁判も続いていたし、現実を受け入れるのも大変なようで
次の子が生まれたらと周囲は思っていたのですが
みんな静観するしか出来ずにいました。

今年の年賀状に、丸々とした女の子の写真を載せていたようです。
今度の子供は3000g超の元気な赤ちゃんだったようです。
やっと元気な新しい命を迎えることができたようです。
実家の母は、とても喜んでいました。
私も嬉しいです。つらい日々を受け入れての今日。


「あの子は声を出せるって言っていたけれど
 りんちゃんは出来ないんでしょ?なんで?」
何度か説明はしているけれども、なかなか理解しづらいようです。
長距離電話になるので通話料を気にしながら 「だからね…」
あと何度説明し続けるのだろう…[たらーっ(汗)]


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

Facebook コメント

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。